時めく蒸機の風

蒸機の撮影(N蒸機の加工)が、メインですが、 明智光秀ネタも書いてます・・・。

明智光秀

只今!明智光秀、三十六ヵ所巡り実行中。(^_^;)

明智光秀本陣跡

勝龍寺城公園の資料館を訪問した後、明智光秀本陣跡を訪問。

まずは、勝龍寺城近くの恵解山古墳へ、自転車で、約5分程で到着以外に近かった・・・。

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恵解山古墳は、前方後円墳で、前方が山崎方向に向いて居て、明智光秀が陣を置いたのでは?
と考えられています。

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古墳周辺は、公園になっており、古墳に登る事が出来ました。

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古墳から、天王山・山崎方面を望む。

次に、向かったのは、サントリー工場近くの、明智光秀本陣跡の境野1号墳。
自転車で、5分程で到着。
此方も前方後円墳の様ですが、全容が解らない状態・・・。

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周辺は、少し高台に成っており、山崎方向からは、ゆるやかな上り坂で、
敵を迎える陣地としても使えそうです。
自分としては、恵解山古墳が、御坊塚で、光秀本陣。
境野1号墳が先方の陣所では?と感じました。

愛宕神社(朱印巡礼27)

明智光秀ゆかりの地で、一番の難所・・・。(^^;)
愛宕神社へ行きました。
京都バス・清滝下車、神社までは、片道2時間半の山道を上ります。
中学の遠足で上った経験がありますが、大人になるとチョットきつかった・・・。

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道中は、木の杭を打ちつけた階段状の坂道が続きます・・・。(^^;)
途中、京都市内が良く見え~!でも登山道が崩落してます・・・。

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水尾の合流手前、亀岡市内が一望。亀岡スタジアムが見えてます。
その下、左手前に、明智越えが見えています。

愛宕神社b

黒門を過ぎると、石段が続きます・・・。
その後、山頂の広場を過ぎると、やっと鳥居が見えました・・・。(^^;)
100m置きの標識が、43/40で終わりました・・・。

愛宕神社c

神殿の中に社務所があり、その奥に本殿がありました。
明智光秀が、中国遠征の必勝祈願に訪れた、愛宕神社に到着~!

愛宕神社a

ここで、明智光秀が、「時は今あめが下なる五月かな」と句を詠んだんですね!
御朱印には、神の使いの猪の印が押されていました。

明智門(朱印巡礼26)

京都市北区にある、大本山・大徳寺へ行きました。

本能寺の変後、明智光から、大徳寺に、銀百枚の寄附を貰いましたが、
山崎の合戦後、それを隠す為に、光秀の母を弔う為頂いた物とし、山門を建てたそうです。

大徳寺a

山門が有った場所は、大徳寺の本坊で、明治時代に、金地院に移築されてしまいました。
境内は撮影禁止なので、パンフレットを貼りつけ・・・。(^^;)

大徳寺b

御庭の中央に見える、国宝の唐門が建って居る場所に、明智門が有りました。
眺めの良い御庭だったので、明智門も見たい~!と言う事で金地院へ~!

大徳寺c

南向きに建っているので、撮影し難かったが、一瞬曇った御蔭で、なんとか撮影出来ました。
何故?金地院へ買われて来たのか謎です・・・。

大徳寺

御朱印は、書置きタイプで、特別拝観日のみ配布されます。
と言う事で、明智門ゆかりの御朱印でした。

妙心寺(朱印巡礼25)

京都市右京区にある臨済宗妙心寺派の大本山・妙心寺へ行きました。

妙心寺a

本能寺の変後、明智光秀が妙心寺を訪れ、辞世の句を認め自害しようとした。
この時、叔父の大嶺院・慈沢(密宗)が悟った為、自害を思い留まったと言う伝説。

妙心寺b

1587年、明智光秀の菩提を弔う為に、叔父の密宗が風呂を建てたそうですが、
1595年に、十三廻忌を挙行した、記録も残り、光秀生存説?がある・・・。
この記録について、詳しい元ネタが知りたいが、なかなか本に記載が無いです。

妙心寺

明智光秀首塚(朱印巡礼24)

京都市東山区梅宮町にある、明智光秀の首塚。
粟田口にて、晒されていた首を、まとめて埋葬し、供養されていたが、
江戸中期に、明田理右衛門宅に移され祀られていたそうだ。
その後、この地へ移って来たらしい・・・。

尊勝院

ここは、昔、青蓮院門跡と縁のある、尊勝院の敷地で、梅宮社の祠だったと言う。
明治の神仏分離令によって尊勝院は、衰退・・・。
大正時代に、本殿のみ別の場所へ移築されて行ったそうだ。
今は、梅宮と言う町名のみが残り、祠は、明智光秀公の首塚と名を変えて祀られています。

と言う事で、尊勝院へ朱印を頂きに行きました~!

尊勝院b

場所は、青蓮院の手前の路地を入った、山道を登った高台に在ります。
明智光秀の首塚からは、5分ぐらいで行けます。
参道の坂道で、少し汗を流したら、豊臣秀吉寄進の本堂が見えました~!
境内に入ると、運良く住職さんが、縁側に出ていたので、御挨拶して御朱印を頂居ました。

尊勝院aa

尊勝院は、その昔、徳川家康の命により、多賀大社の別当職となり、管理を任されていたそです。
また、青蓮院の僧が、尊勝院の住職を代々務めた様です。
いま、巷で噂の明智光秀、多賀佐目出身説と、なんか?関係有るのだろうか?

さらに、ここには、日光東照宮と同じく、不見・不聞・不言の三猿像(庚申尊)が祀られています。

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