時めく蒸機の風

蒸機の撮影(N蒸機の加工)が、メインですが、 明智光秀ネタも書いてます・・・。

2019年10月

只今!明智光秀、三十六ヵ所巡り実行中。(^_^;)

明智光秀首塚(朱印巡礼24)

京都市東山区梅宮町にある、明智光秀の首塚。
粟田口にて、晒されていた首を、まとめて埋葬し、供養されていたが、
江戸中期に、明田理右衛門宅に移され祀られていたそうだ。
その後、この地へ移って来たらしい・・・。

尊勝院

ここは、昔、青蓮院門跡と縁のある、尊勝院の敷地で、梅宮社の祠だったと言う。
明治の神仏分離令によって尊勝院は、衰退・・・。
大正時代に、本殿のみ別の場所へ移築されて行ったそうだ。
今は、梅宮と言う町名のみが残り、祠は、明智光秀公の首塚と名を変えて祀られています。

と言う事で、尊勝院へ朱印を頂きに行きました~!

尊勝院b

場所は、青蓮院の手前の路地を入った、山道を登った高台に在ります。
明智光秀の首塚からは、5分ぐらいで行けます。
参道の坂道で、少し汗を流したら、豊臣秀吉寄進の本堂が見えました~!
境内に入ると、運良く住職さんが、縁側に出ていたので、御挨拶して御朱印を頂居ました。

尊勝院aa

尊勝院は、その昔、徳川家康の命により、多賀大社の別当職となり、管理を任されていたそです。
また、青蓮院の僧が、尊勝院の住職を代々務めた様です。
いま、巷で噂の明智光秀、多賀佐目出身説と、なんか?関係有るのだろうか?

さらに、ここには、日光東照宮と同じく、不見・不聞・不言の三猿像(庚申尊)が祀られています。

勝軍山城(朱印巡礼23)

京都市左京区北白川、瓜生山の山頂に勝軍山城が有った。
戦国時代、明智光秀が、比叡山延暦寺を牽制する為に、数か月滞在したと言う。
また、吉田兼見の日記にも、光秀が吉田山へ通った事が記載されている。

狸谷不動院a

城跡の登り口に在る、狸谷不動院(真言宗試験道)にて、御朱印を頂く事にした。(^^;)
京都では、交通安全の祈祷所で知られており、また、宮本武蔵が修行した場所。

狸谷不動院

裏山の城跡は、ハイキングコースに成っているので、機会があれば城跡も散策したいと思います。

勝龍寺(朱印巡礼22)

勝龍寺城は、山崎の合戦時、明智光秀が立て籠もった城で、また、娘の玉が輿入れした城ですね!
明智光秀が、最後に戦った地と言う事で、朱印を頂きに行きました。

勝龍寺a

勝龍寺城から南へ、下った処にある、勝龍寺(真言宗)の御寺に行きました。
ここも!大河ドラマ「麒麟がくる」の幟が立って居ました~!

勝龍寺b

朱印は、御隣の建屋で頂けましたが、種類が多くて迷いそうなので・・・。
シンプルに、オリジナル朱印を選択しました。

勝龍寺

天王寺砦(朱印巡礼21)

明智光秀の戦いで、窮地に絶たされた場所。
本圀寺・金ヶ崎と来れば!の来るは!天王寺砦の戦い!
(黒井城攻めも、そうだけど正確な場所が解らなので、朱印を頂く意味が無い。)

天王寺砦跡を検索したと処、大阪市天王寺区生玉寺町、月江寺付近だったそうだ。

天王寺砦a

高野山からの帰り道に寄って見る事に~!
大坂メトロ「夕陽ヶ丘駅」を下車、北へ5分程で到着しましたが、史跡案内の看板すらない・・・。

塙直正の戦死により、援軍に来ていた、明智光秀・佐久間信栄が、取り残された感じで籠城。
数日後、織田信長の援軍が来た事により、助かったと言う。

この月江寺さんの御隣、青蓮寺さんに、御邪魔しました。

天王寺砦b

真言宗の御寺で、「おおさか十三仏霊場 十二番札所」「摂津八十八ヶ所霊所 二十三番札所」
と成って居ましたので、ここで朱印を頂くことにしました。(^^;)

天王寺砦

朱印を頂く際、札所と違う朱印が、並んで居たので、変わった人やなぁ?と言う感じだったので・・・。
朱印帳を受け取った時に、明智光秀ゆかりの地を巡っていまして・・・。と説明。(^^;)
そうすると、「私が小さい頃、月江寺さんの向かいのビルが、建つ前は、谷に成ってたよ。」と語って頂けました。

高野山・恵光院(朱印巡礼20)

高野山・奥の院に在る、明智光秀の供養塔まで出掛けました~!

京都からは、阪急で「高野山1dayチケット」を使って、
阪急・大阪メトロ・南海(難波~高野山間)・南海林間バスが、乗り放題で、3090円でした。

1day

ケーブル高野山駅から、南海林間バス「奥の院前行き」に乗車、一の橋口で下車しました。
(奥の院口の方が近かったか・・・?)
橋を渡り、大きな木が生い茂る参道を進んで行くと、武田信玄・伊達正宗・島津家久・石田三成
の供養塔が並んでおり、明智光秀の供養塔は、石田三成を過ぎた、脇道の奥に佇んでいました。

恵光院b

京都から来ました~!と御挨拶・・・。(^^;)
次は、朱印を頂きに菩提寺へ。

恵光院c

HPによると、高野山・奥ノ院の供養塔は、恵光院が管理していて、菩提寺だそうです。
また、島津家とは檀家関係も有ったらしい・・・。

島津と言えば!
島津家久とは生前、明智光秀が、坂本城や多聞山城などに連れ回し、接待をしたと言うし。
丹波・玉雲寺も、島津家ゆかりの寺で!いち早く再建。
京都!天寧寺も島津家と縁があったなぁ・・・。
ん・・・。島津家と縁が有り過ぎやなぁ・・・?

恵光院

大河ドラマに向け、限定御朱印(書置きタイプ)を出されたので、それを頂きました。
最後に、明智光秀の菩提寺について、聞いてみた処。
「明智光秀の娘さんが、供養に来られたと言う、過去帳に記録が有るから、その頃からかも?」
と教えて頂きました。

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