京都府京丹波町にある、玉雲寺へ行きました。
玉雲寺は、曹洞宗の御寺です。
京都縦貫道・丹波インター下車、国道9号を福知山方向に右折、
さらに、ひとつ目の信号を右折、後は案内の看板に従って車を走らせると辿り着けます。
御寺に着くと、立派な!御寺の由緒書きが有りました。
明智光秀に付いても書かれていました。
玉雲寺の山門です、立派な山門ですね!
(過去二回、御住職が不在だったたので、今回は連絡を入れました・・・。)
御住職から、船井郷三十三ヵ所の札所なので、巡礼ですか?
との問いに、明智光秀ゆかりの地で朱印を集めてます・・・。(^^;)
と言うと、色々と光秀公の御話を、してくださいました。
その昔、須知氏の市森城を攻めた時に、兵火に会い、不憫に思った光秀が、
城の向かいに、仮住まいの小屋を建てた後、明智九太夫に命じて、御寺を再建させたと言う。
山門は、旧市森城本丸(東砦)に門が向いていて、彼岸の日中になると、
朝日が、山門の上から登り、本尊を照らすそうです。
須知氏の菩提を弔う為か?と思っていたが・・・。
偶然か必然か?可児市明智城の方角に向いて居たとは!御釈迦様しか解るまい~!
そして、御寺の歴史も、色々と教えて頂きました。
初代住職は、薩摩島津の出身で、
須知氏が禅師の為に、御寺を滝の傍に建てたのが始まりだそうです。
(琴の滝は、丹波亀山藩・松平の殿様が、噂を聞いて来た時に、命名したと言う。)
歴代の住職は、北条早雲に招かれて、伊豆へ!更に、伊達正宗に招かれ宮城へ!
岡山藩にも招かれとかで、江戸時代には、末寺が沢山あったそうです。
(重要な行事には、宮城や岡山に招かれるそうですが、歳なので行くのが大変らしい・・・。)
普段は、書置きタイプを配布されているそうですが、
お願いして、手書きにして貰いました。